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研究データ

哺育のポイント / 正しい初乳給与 ― 子牛を感染症から守るために ― Cattle Research Center(キャトル リサーチ センター) 小岩政照

2019年2月27日

1. 初乳の必要性

 初乳は分娩後1週間までの乳であり,常乳に比べてタンパク質と脂肪,ビタミン(特にビタミンA)が多く含まれています。牛の初乳タンパク濃度は,常乳の5~6倍,母牛血清の2~3倍であり,初乳タンパクの50~60%は免疫グロブリン(IgG)が主体です。 子牛は,全く免疫を持たずに生れ,初乳中のタンパク質に含まれている免疫抗体から免疫を得て抗病性を獲得します。この免疫機構を受動免疫と言います。子牛を感染症守って健康に育成するためには,正しい方法で初乳を給与して抗病性を高めることが重要です。

2.初乳の特性と吸収率

 初乳中に含まれている免疫抗体は,分娩直後が最も高く,12時間後には分娩直後の60%,24時間後には分娩直後の4%以下に低下します。また,出生後の子牛の腸管からの初乳免疫抗体の吸収率は,出生6時間後には出生直後の50%,12時間後には12%以下に低下し,24時間後には初乳抗体は腸管からほとんど吸収されません。

3.哺乳欲と第四胃の変化

(写真1)羊水を多量に含んでいる出生直後の第四胃内。

 出生直後の子牛の第四胃内には,体重の約5%(2~3リットル)の羊水が含まれています(写真1)。子牛は生後30分から2時間には,起立して母牛の乳頭を探す哺乳欲を示します。起立して哺乳欲を示した子牛の第四胃内には,出生直後に含まれていた羊水が小腸へ移送されて無くなり,腹が凹んで見えます。しかし,難産などで衰弱して生まれた子牛は,生後6時間を経過してもまだ第四胃内に多量の羊水が含まれているために腹囲が膨らんでおり,哺乳欲を示しません。

4.哺乳欲と初乳免疫吸収量

 生後2時間以内に起立して哺乳欲を示す正常な子牛は,初乳免疫の吸収がスムーズに行われ,出生24時間後には血液中の免疫抗体(IgG)が最大に達します。しかし,衰弱した状態で生まれた子牛は,生後2時間を経過しても哺乳欲を示さず,初乳を強制投与しても初乳免疫抗体が吸収されないために血液中の免疫抗体がほとんど増加しません(図)。 写真2と3に,初乳給与5時間後における正常子牛と衰弱子牛の第四胃内を示しました。正常子牛の第四胃内にはレンニンで凝固した初乳が存在するのに対して,衰弱子牛では強制投与した初乳が羊水と混ざり合って不完全な凝固状態で四胃内に存在しています。初乳給与に伴う血清移行抗体の濃度は,哺乳時における哺乳欲に関連しており,哺乳欲のそれは,第四胃内における初乳の凝固程度の差に起因するものです。

(図)哺乳欲と血清免疫グロブリン濃度の推移。
(写真2)正常子牛の生後5時間の第四胃内容で,十分に凝固した初乳。
(写真3)衰弱子牛の生後5時間の第四胃内容で,凝固不十分な初乳。

5.従来からの初乳給与法の問題点

「生後6時間以内に,1回2リットルの比重1.050以上の良質初乳を2回,計4リットル以上(免疫グロブリン200~300グラム以上)の給与が必要であり,初回の初乳の給与は,生後できるだけ早く飲ませるのがよい。」が推奨されている従来からの初乳給与法です。また,出生直後に,カテーテルを用いて初乳を強制投与している例も散見されます。子牛の腸管における初乳免疫抗体の吸収率から理論的に考えると,初回の初乳は,生後できるだけ早く給与する方が有効です。 しかし,前述した様に,出生直後の子牛の第四胃内には羊水が含まれているので,初回の初乳を出生直後の子牛に給与すると,与えた初乳が羊水で希釈されて初乳免疫抗体の吸収量が低下する可能性があります。また,難産で生れた衰弱子牛や出生時から虚弱な子牛は,出生直後に著しい血液中の酸素不足(低酸素血症)による呼吸困難状態に陥っており,この様な子牛に初乳を強制給与すると,第四胃の容積が急激に増大することによって,横隔膜が圧迫されて呼吸困難が悪化し死亡する危険性があります。したがって,初回の初乳は,第四胃内の羊水で初乳が希釈される出生直後を避け,哺乳欲が発現してから,できるだけ早く,給与するのが有益です。

6.初回の初乳給与のベストタイミング

(1)正常な出生子牛 正常に生まれた子牛は,生後2時間以内に起立して哺乳欲を示し,出生直後に含まれていた第四胃内の羊水が小腸へ移送して第四胃内には何も存在していません。また,生後6時間以内であれば,どの時間に初乳を給与しても血液中の免疫抗体量に差がありません。したがって,初回の初乳給与は,第四胃内に羊水が含まれている出生直後より,第四胃内に何も存在しない起立して哺乳欲を示した6時間以内がベストです。

(2)衰弱した出生子牛  難産で分娩時間が長引くと胎盤の血液循環障害が起こり,子牛は血液中の酸素不足(低酸素血症)と二酸化炭素の増加(呼吸性アシドーシス),ストレスによる乳酸の蓄積(代謝性アシドーシス)が生じて,呼吸困難の仮死状態で生れます。 哺乳欲を示さない衰弱した子牛に初乳を強制投与すると,第四胃内の羊水で希釈されて初乳免疫抗体が吸収されず,また第四胃容積の増大によって横隔膜が圧迫されて死亡する危険性があります。 難産で出生した衰弱子牛に対しては,獣医師の指示に準じて,出生直後に,薬剤によって呼吸困難を改善してから生後6時間以内に初乳を給与すべきです。呼吸困難の改善薬は,抗生物質と副腎皮質ホルモン剤の筋肉内投与,呼吸改善薬の静脈内投与が有効です。生後24時間を経過しても哺乳欲を示さない子牛は,獣医師に診療を依頼し,免疫抗体の補給を目的とした輸血を行う必要があります。ただし,その際には,血液原虫や白血病等の感染の無い供血牛を選択して下さい。